諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【大統領選挙】「国際SNS上の関心空間」相変わらず無関心状態を継続?

 まぁこれじゃあね。

https://66.media.tumblr.com/efafca0cbbe99370240eb0ea126ac5a2/tumblr_ogc8amUe9f1qa4l1ko1_540.gif

ハーバード大学ケネディ行政大学院教授スティーブン・ウォルト「アメリカを壊した大統領選(ニューズウィーク日本語版2016年11月15日号)」

問題はトランプだけではない。実際には今回の大統領選挙自体がアメリカ民主主義の逆宣伝となり、アメリカ外交への幻滅を強めた。民主党の大統領候補ヒラリー・クリントン国務長官は、リベラルな価値観に基づくアメリカの覇権と指導力の回復に意欲を見せたが、アメリカ国民の大部分はそうでない事が今回の選挙ではっきりとしたのだ。

特にトランプや、民主党バーニー・サンダース上院議員、共和党のテッド・クルーズ上院議員、リバタリアン党の大統領候補ゲーリー・ジョンソン緑の党候補者ジル・スタインの支持者はそうだ。彼らは過去25年間のアメリカ外交のアプローチに不満を持ち、国外への介入に消極的だ。

アメリカの若者が中心になって成立している「国際SNS上の関心空間」は、さすがに2013年度の政府閉鎖(Government Shutdown)主犯格のテッド・クルーズ上院議員の立候補にはそれなりの反感を表明しましたが、あとは割と傍観状態。

上掲投稿以降も様子をうかがってきましたが…この期に及んでも別にヒラリー支持の声が大きくなったりしないのは、よほどの問題を抱えてるとしか思えない次第。

 そういえば、はてなブログアクセス解析によれば、私の投稿は「サイバーパルチザン(Cyber Partisan)の及ぼした影響」みたいなキーワード検索で引っ掛けられて、以下の様な記事と一緒に読まれているみたいです。

http://www.newsghana.com.gh/wp-content/uploads/2015/09/wpid-Cyber-Attack.jpg

さざ波通信(さざなみつうしん)

自称日本共産党内部の左派反対派の党員が1999年2月14日に開設したウェブサイト。副題は「日本共産党と現代日本政治を考えるサイト」。

  • 日本共産党不破哲三志位和夫指導部が、党の革命的伝統や階級的原則を裏切っているとの認識に立ち、日本共産党の革命的再生を目指した。「さざ波通信」のウェブサイトでは「このホームページは、複数の現役の日本共産党員によって開設され運営されるもので、日本共産党の政策、綱領、規約、歴史、理論、政治行動、イデオロギーについて、および現代日本政治における日本共産党の役割、位置、課題について、批判的見地から検討し議論するサイトです。」と掲示されている。

  • 日本共産党中央委員会は、2000年10月20日のしんぶん赤旗で「党攻撃」であると批判し、「さざ波通信」への投稿者は「HP上の反党分子」とされて党から除籍されるなどした。これに対して「さざ波通信」側は「「党中央批判」を「党攻撃」にすりかえる詭弁」、「反動的なHP統制・弾圧反則行為に」と反論した。

ウェブサイト内での「さざ波通信」の発行自体は、2004年4月の第37号で停止しているが、党員・非党員の掲示板は2010年現在も更新され続けている。

さざ波通信 「科学的社会主義」討論欄『我々は何処からきて、どこへ!』2016/6/28 百家繚乱

西島栄氏によれば、「革命期における嵐の時代にはヘゲモニーの概念が消えて無くなる」という。興味深い指摘である。革命期には大衆が直接に政治に参加してくるから、ヘゲモニーの概念の必要がなくなる。ヘゲモニーを巡る戦いは人類の分子的な段階で、人類社会が自己組織化してくる時代の闘いである。人類の知性と意志がどこに向かって進むべきなのか、と言う議論が盛んになればヘゲモニーは物質的な力となって人類社会に作用する。この物質的力と人類社会が結合すれば、ヘゲモニーも消えて無くなる訳である。ヘゲモニーは自己組織化する物質力と人類社会が分離・対立している分子的段階の概念だ。だが、ヘゲモニーなしではこの分離・対立を乗越えられない。今日の人類は分水嶺からの逃避では生きられない事を自然の生態系は明かにしつつある。軍事力なしで、従って神々しい英雄なしで、平和的・民主的な物質力でこの分水嶺を再び行進しなければならない。


情報社会では、情報自身が人間社会の機動力・陣地力として顕現する。その典型例がサイバー空間であり、シュミレーションである。古来から、人類社会は己の機動力・陣地力を知性によって結合する戦いを繰返してきたが、今日の情報社会は知性自身が機動力・陣地力として現れるような闘いを強いられている。情報社会では、誰でもがスナイパーにもドイツ兵・ソ連兵・ジューコフ・フルシチョフにもなれる。ナチスに成りたがる者は余りいないだろうが、少しは居そうである。「親衛隊」はアイドルの世界では人気がある。政治的には全く異なるが、心理的には若干の共通性がある。情報空間は自由な空間だから、ある意味では「何でもアリ」の空間である。この空間を否定的に見るのは馬鹿げている。人間はこうした空間を作りながら、試行錯誤して進化してきたのだ。ただ、こうした空間は特殊な参謀室・情報機関だけに限られていただけに過ぎない。今日の情報社会はこの特殊な参謀室・情報機関を一般に開放し、誰でもが主体となって参加できるようにしただけである。


サイバー空間は造反有理の世界である。中国の文化大革命中国共産党官僚主義批判から始まったし、官僚主義批判を底流とした運動であったのは明かである。サイバー空間では誰も『毛語録』を掲げていないし、「ゲイツ語録」も大した力にならない。だが、「造反有理」・官僚主義批判では共通する。それは大衆が管理官僚たちを押しのけて自由な空間の主役として参入して来たからである。この空間では民主主義官僚ですら長生きは困難である。一時的には独裁者気取りが超人気になるが、「麻生太郎首相」のように漫画だけで終わる。この空間の持つ現実的政治力はチェニジアやエジプトで示された。元来、近代科学・近代民主主義は古い固定観念教条主義を批判する思考から始まった。近代科学は精神的な造反有理によって誕生した。近代民主主義はこれを実践してきた。サイバー空間で誕生している民主主義は国境を楽々と超える。今日のサイバー空間では、この国境を越えた民主主義が現実化しようと必死にもがいている。

 こんな感じの層も「国際SNS上の関心空間」の周囲を鮫の様に周回しながらバーニー・サンダース上院議員への支持などを呼び掛けましたが、やはり黙殺されただけ。どうみてもみんな見てる景色が違ってて、しかも全部間違ってるとしか…

ここまでくると問題を根本から見直した方がよさそう?