真っ先に思い出すのがマイクル・ビショップの異世界SF小説「焔の眼(1982年)」…
「焔の眼」マイクル・ビショップ、1982年
「翼人の掟」と同様、長い間探していたけど見つからなかった本。またしても大阪市立図書館にありました。人類が宇宙に広がりインターステルという連邦(?)をつくっている未来。ヒューマノイドの住む惑星グラ・タウスに、企業の代表として惑星開発の交渉のために派遣された主人公らが、トラブルに巻き込まれる。接収された宇宙船を返してもらう代わりに、特使としてもう一つのヒューマノイドの住む惑星トロープに派遣される。そして今度は、惑星トロープでの、少数派への弾圧に巻き込まれてしまう。といった話。
文化人類学的SFと評されるだけあって、読み所はトロープ人の生理的な特徴であり、それに基づく文化。でも完全に別種の異星人なのに、妙に人間くさすぎる。生殖機構とか”眼”の部分を除けば、人類とそれほど違わないような(とくに精神構造)。これなら地球上で異民族を登場させれば同じ話ができる。わざわざ異星人にする意義があまり感じられないのが、残念。とくに目新しい視点もないし。
そういう全体像でなく「自分のクローンしか性行為の相手がいない外交官」とか「操縦こそ我が祈り」と断言する宇宙船と完全一体化したパイロットとか、そういう上記を逸した細部の交錯を楽しむ作品でした。あと当時の作品らしく「文化人類学」というより「ジェンダー論」が色濃いという…
なんかSFとBLの対立みたいな話を見掛けたのだが、自分の体感だと、少なくともBL前夜の耽美/美少年の頃は、SFと対立どころか逆に親和性があるイメージだったので、ちょっと驚いている。
— 田亀源五郎 (@tagagen) 2021年4月26日
だって自分が「SFマガジン」を毎月買っていた頃は、栗本薫さんがバリバリ書き始めていたし、萩尾望都さんが『宇宙叙事詩』の後に『銀の三角』を連載したし、やはり連載の山田正紀さん『宝石泥棒』にも妖しい宦官の美少年が出てきたし、新人賞で野阿梓さん『花狩人』も出てきたし… (^^;
— 田亀源五郎 (@tagagen) 2021年4月26日
まぁ、かつてのファンタジーも伝奇も幻想文学も包括していた頃のSFというジャンルと、今のそれとは違うかも知れないし、同様にBLというジャンルも、かつての耽美/美少年ジャンルの一部が発達拡大していった印象があるので、それらの親和性の有無も、世代間で異なる印象になるのかもだけど。
— 田亀源五郎 (@tagagen) 2021年4月26日
SFとBLですと( ´ω`)https://t.co/gbtTb9Y99H
— 天野譲二@『幻の未発売ゲームを追え!』発売中 (@TOKYOMEGAFORCE) 2021年4月26日
正しいw
— 田亀源五郎 (@tagagen) 2021年4月26日
SFだと性的未分化のままの異星人や両性具有の異星人や未来人も、想像のままに登場させられて、妊娠出産も「現実には有り得ない」形態も取れるし、要するに妄想想像の自由さが魅力だったと思うんですが…筒井康隆先生のおっしゃった”SFの拡散と浸透”によって変化してしまったんですかねえ…?🤔
— HKmoviefan😷 (@HKmoviefan) 2021年4月27日
私にも、こういう側面ならあったりして…
考えてみればこのCallbackルーチン、私の中でTexとか正規表現が制定された1970年代から動作し続けている訳で、その存在自体がSFめいているという…