諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【雑想】ニューアカは登場した時点で既に時代遅れだった?

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私が「地獄から帰ってきた懐かしのアライさん」に言わせた「教養で文明と戦わなくなったインテリなんて、ネズミを獲らなくなったイエネコと同じなのだ。人類に可愛いと思われなくなった途端、このアライさんと同じで駆除指定生物の仲間入りなのだ(You,Intelligentsia…are house cats no longer catch mice, if you no longer fight civilization with your cultivation. And you will join vermin lank like us, if they  are no longer considered you Kawaii.)」なる台詞って…

元来は軍国主義に傾斜していった大日本帝国において何の存在感も示せなかったどころか、むしろ利用されてしまった(アーネスト・フェロノサや岡倉天心の美術論に端を発する)国粋日本画(1880年代~)や白樺派(1920年代~)の戦争責任問題辺りを出発点としてる訳ですが…

さらなる大源流を辿るとフランス教育界におけるリベラル・アーツ教育と「官僚や経営者や政治家の頂点グランゼコール(Grandes Écoles)や「理系の頂点エコール・ポリテクニーク(École polytechnique,通称X)の対峙に辿りつくのかもしれません。

人が持つべき技芸(学芸・技術)の基本」と看做された自由七科自由学芸、すなわち文法学修辞学論理学の三学(トリウィウム)、および算術幾何学天文学音楽の四科(クワドリウィウム)を指す。

ルイ14世の絶対王制以降に中央政府が多くの専門的技術者を必要としてきたため、主に理工系専門技術者の養成校として設立された。一般教養の涵養ではなく、社会発展に直接寄与するテクノクラートの養成を目指す。

発端はこの投稿。

そして…

そんな感じで以下続報…