「セカイ系ブーム再燃?」と騒いでたら、今度は新たに「そもそも悲観的ガイア仮設の寿命が2010年代で尽きていた」説が急浮上してきたという…
今回の投稿の発端は以下のTweet。
海獣の子供みたー。すんごい面白かったー!んで今その時の世間の反応はどうだったんだろ?って思って検索したら、意味がわからないとか宗教ってサジェストされたので、ああだからバブルはもっとわかりやすい感じにしたんだろうか…とか思ってました。
— ふうこうぞう🔰 (@constructuralis) 2022年7月30日
ついでに原作に手を出すと「すべてはママのせいでは?」なる新たな発想が芽生えます。ちなみにこのジレンマ、新海誠監督の方が「君の名は。(特にスピンオフ小説における宮水三葉の母二葉の物語)」「天気の子」を通じてきっちり答えを出した感じ。https://t.co/qPPWV1rbJZ
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
「意味が分からない」というより「誰がどう救われるべきか」についての答えがちゃんと出せなかった感じ?割と本質はトロッコ問題で「全ての観客を納得させる答えはない」現実と製作者がどう向き合うかという話に。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
僕はあれ誰が悪いとか悪くないとかどう救われるべきとか救われないべきとかも答えをだす必要はまったくなくて、少年たちは人間だっのか、あるいは全て人間の話だったかどうかも怪しいよなって思いました…そこが1番面白かった〜!人間の人生とかあんま関係ない話だよなって。
— ふうこうぞう🔰 (@constructuralis) 2022年7月30日
そう劇場版、全ての始まりが「海の怪異に生贄に捧げられる筈だった少女が、それを振り切る為に水族館勤務の男と江ノ島に逃げたが、その結果として娘が狙われる事になった」事を隠し、その問題に誰がどう決着をつけるべきか曖昧にした時点で「何処にも辿り着けない作品」に。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
だから米津玄師の主題歌「海の幽霊」もどこにも辿り着けない物語りに。https://t.co/5LEZox93PH
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
残酷だけど時代は「確かに現代でも奇跡は起こり得る。ただしそれは多数派を救済する形で起こるとは限らない」なる現実を直視した「天気の子」の思い切りに目を向けた形。https://t.co/8dEpg9u7Fa
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
その結論が万人が望む形ではなかったからこそ「こういう事は本来どうあるべきか」が議論の対象となり「特定のカップルと超自然的存在の関係が世界の存続を左右する」セカイ系物語の時代がやっと終わり…https://t.co/x0N7dhlrEw
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
「救済されるのは誰か?必要となる犠牲はそれに見合うのか?」まで視野に収めた「シンウルトラマン」「パリピ孔明」「SPY&Family」の時代が訪れたかもなのです。https://t.co/zWMNecsGFk
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月30日
原作ってそんな感じなんすか…!だから母ちゃんああなっちゃったってことかー。母ちゃんはなんで生贄になっちゃったんすか…
— ふうこうぞう🔰 (@constructuralis) 2022年7月30日
あと僕日本の総理とアメリカ大統領の判断に対する国民の考え方とか、個人にそんなでかい判断が与えられちゃってる時点で、確かに自分からなったならそれなりにちょっと考えてほしいけど、偶然なっちゃった人がどう判断したってそんなに文句は言えないよなあ…って天気の時おもいました。
— ふうこうぞう🔰 (@constructuralis) 2022年7月30日
そんで明らかにその判断によって引き起こされたんだなっていうことがわかってたら、その判断をすごく恨む人がいるのもそれはしょうがないことだよなーとか。ただあんま関係ないのにそのせいにしてる人がいたらモヤッとする…
— ふうこうぞう🔰 (@constructuralis) 2022年7月30日
もともと新海誠監督は五十嵐大介の大ファンを公言。一番好きな作品に「魔女(2003年~2005年)」を挙げてる。とはいえ「君の名は(2016年)」「天気の子(2019年)」に与えた影響というと「海の声」が届く様になった海女が豊漁を約束する代わり、やがて海に取り込まれる「海獣の子供(2006年~2011年)」や…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月31日
瘴気の様な何かが大自然や日常の一部に取り込まれている漆原友紀「蟲師(1999年~2013年)」の方が大きかった模様。ただし新海誠作品の絶地天通(神秘の世界と現実世界の断絶)は徹底的しており「大半が月間ムーで見掛ける様な裏取りもなってない与太話」レベル。なので「海の子」みたいな境界例は未登場。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月31日
小説版によれば「天気の子」の主人公は農学部に入学しテラフォーミングの技術を学び始める。同時期完結した椎名橙「それでも世界は美しい(2009年~2020年)」も「シンウルトラマン」みたいに「環境破壊を止める犠牲となったヒロイン」を世界が一丸となって「全ての始まりとなった呪い」を解く事で救出。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月31日
要するに時代の要請に合わせて物語文法がそういう方向に進化する過程で映画「海獣の子供」は時代遅れになっていった訳ですが、その過程で「ヒロインが自発的に運命を受け入れて犠牲になるからこそ感動が発生するのに何て事してくれた」と抗議する「自d大遅れの観客」の減少が観測されたといいますね。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月31日
×「自d大遅れの観客」〇「時代遅れの観客」。ちなみに運命の巡り合わせで「海獣の子供」の物語文法が古臭くなっただけで五十嵐大介画伯自体は健在。2020年にブルータス特集に「鬼滅の刃」応援イラストを寄せたりしています。ピックアップしたのは何とむきむきネズミ二人組…https://t.co/S2T9qAZsNi
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年7月31日
そんな感じで以下続報…