諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

【暗黒文学論】「機械化象徴主義」の世界?

発端はこの辺りだった模様。

そして…

ここに乱入。

ここに挑戦者現る。

象徴主義」は欧州各国で同時多発的に発生した運動なので、その大源流についての考え方も多岐に渡ります。これはそのうち「フランス人によるフランス人の為のフランス象徴主義」の系譜を重視した場合の説明。フランスには他に「普仏戦争敗北を受けて密かにドイツに学ぼうという機運が高まり、カントやヘーゲルの観念哲学同様にドイツ象徴主義が輸入された」という考え方もあります。ちなみにドイツ印象主義は「ゲルマン神秘主義を起源としつつ、厳しい官警の検閲を逃れる為に韜晦なディスクールの駆使を余儀なくされた歴史的事情の産物」、英国印象主義は「産業革命浸透に伴ってあらゆる事物が可視性を要求される様になった展開への反動として発生した神秘主義への回帰運動」としばしば要約されたりします。

ジャン・モレアスが1886年フィガロ紙に発表した「一文学宣言:象徴主義(Un Manifeste littéraire: Le Symbolisme)における定義。

《教訓、美辞麗句、虚偽の感覚、主観を混じえない叙述》の敵である象徴派の詩が探究するのは、「理念」に感性的な形態を纏わせることである。しかしその感性的な形態は、自身から発した目標先であることはなく、「理念」を表現することに向けて役立ちながら、臣下で在り続けるだろう。一方、「理念」は外見的な類似という豪奢な長衣を奪われたままでいるわけにはいかないのだ。というのも、象徴主義芸術の本質的な性質は、「理念」という概念それ自体には到達し得ないからである。したがって、この象徴主義芸術に於いて、自然風景、人間の営み、あらゆる物質的な現象が、そのままの姿で表されることはあり得ないだろう。象徴主義芸術に於いて、それら事象は、本源の側のものである「理念」とのおのれの秘教的な類似を表象することを、運命付けられた外観なのだ。

アルベール・オーリエが「メルキュール・ド・フランス」誌に発表した1891年の定義

芸術作品は第1に観念的であるべきである。そのただ1つの理想は観念の表現であるから。第2に象徴的であるべきである。その観念に形を与えて表現するのだから。第3に総合的であるべきである。諸々の形態や記号を総体的に理解される形で描くのであるから。第4に主観的であるべきである。事物は事物としてではなく主体によって感受される記号として考えられるのであるから。第5に装飾的であるべきである。

要するに共通しているのは「(科学や自然主義芸術が選好する)観測可能な事象のみで構成される可視可聴世界」に対して「(芸術の入力がもたらす)鑑賞者の感動に直結する(可視可聴世界至上主義の目には異形としか映らない)象徴体系」が存在する(構築し得る)という考え方。英国人やドイツ人が一般にそれを「(身体性の一切から離れた)霊的構造」とイメージするのを好んだのに対してフランス人は一般にそれを「(五感がもたらす官能の極限としての)生理学的構造」とイメージするのを好んだところにそれぞれの個性が現れました(まぁ生物機械説に基づくSM 理論以前に、デカルトも心の機能を脳の松果体に求めている。フランスにかかる実体に執着する国民気質についての疑念や屈託は存在しないが「遅れてきた国民」ドイツには自らの国民性についての自虐が存在し、例えばギュンター・グラスブリキの太鼓」に「ドイツ人は何かと魂で探そうとするが、魂は感覚器ではない」の一節がある)。

そんな感じで以下続報…