確かにジョン・スチュワート・ミルの「古典的」自由主義もまた無謬ではありません…
今回の投稿の発端はこのTweet。
個人的メモ。とりあえず以前から考えてた「法実証主義」「経済実証主義」「(科学実証主義を部分集合として含む)文化実証主義」の三重構造についてやっと明文化する事が出来ました。https://t.co/ILoY1gYJWs
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年3月29日
ここでは実証主義は単なる上掲三次元の基底の一時結合というだけでなく(というかそれぞれの評価軸の「直交」の証明は難しく最終的には多様体としての「世界そのもの」に対するそれぞれのアトラスとしてしか規定できないかも)…https://t.co/utPrX9pxQ6
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年3月29日
これらの座標系について刻々と新要素が追加され続ける状況下、なおも全体としての一貫性を保つ努力こそが実証主義(Positivism)の全体像であるという考え方が重要。ただ現段階では「パラダイム」概念と「イデオロギー(日常生活を包括的に説明する哲学的根拠)」の境界線が明らかに出来てません。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年3月29日
そもそも「科学的パラダイム」をより一般化した「文化的パラダイム」とは何?「人間、すなわち私達を何が規定してるの?全ての変化が見掛け上に現れる訳でもないのに?」そんな感じで以下続報… pic.twitter.com/WalzMxPW5R
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年3月29日
フェミニズム文学史的には「ココロコネクト」における(見た目はボーイッシュだが中身はエロエロの)稲葉姫子が穿った錐の穴を羽川翼と戦国撫子の「化物パワータッグ」が力尽で大穴に拡大した過程こそが重要になってくるという話…https://t.co/urFFGqM8Nt
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年3月29日
そんな感じで以下続報…