「負け犬」が確定すると足を隠してしまう舞ちゃんや哀れ…
今回の投稿の発端は以下。
美大で指導していると作品で「人を傷つけたくない」とか、「不快感を感じさせたくない」と、自由な表現を自己検閲する学生が年々増えていて考えさせられてしまいます。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
気持ちはわからないでもないですが、本来的に作品というのは様々な形で人を傷つけたり、不快感を煽り得るものです。それゆえに存在意義があるのではないでしょうか。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
学生にとって分かりやすい例で説明するならば、例えばアニメ『進撃の巨人』。あれほど残酷なストーリーで人を傷つけたり、グロテスクな表現で不快感を煽りながら、多くの人に受け入れられ、評価され、熱烈に求められるのはなぜでしょうか。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
留意すべきは、顔の見えない抽象的な誰かの心を傷つけてしまうことへのリスクではありません。そうではなく、特定の個人の尊厳や名誉を毀損するリスク、或いは社会の中に現実に存在する差別や憎悪を助長してしまうリスクにこそ留意すべきです。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
「人を傷つけたくない」とか「不快感を感じさせたくない」といういう心理は、他者を配慮しているようでいて、実のところそれは空気のような同調圧力の中で「批判されたくない」、さらに言えば自分が「傷つきたくない」という心理と隣り合わせにあるのかも知れません。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
表現者たるもの、責任を持って批判を受け止める覚悟やメンタルの強さは必須です。そしてその覚悟や強さを持つために勉強し、知識や見識を養う努力を怠らないでほしいと切に思います。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
キース・エマーソンですらネットの中傷が自殺の原因だからな。鍛えて強くなるなんて結構な体育会じゃないか。友達作った方が手っ取り早いな。 https://t.co/pZ53LyvNNK
— ケースクエイク (@chucknorrisuke) 2022年6月3日
一部のおっさんたちに言っておきたい。僕らが学生だった2〜30年前に比べて、今の学生たちは遥かに深刻な傷を負わされるリスクが高い、過酷な情報環境を生きているんだよ。むしろ表現すべきものを持っている学生ほどそこで苦しんでいる。うちらが今の環境を学生として生きてたら潰れてるかもよ。
— 山川冬樹 (@yamakawafuyuki) 2022年6月2日
ここに乱入。
逆を言えば落語「目黒の秋刀魚」の最後に登場する「一才の危険性を排除した結果、焼き魚としての原型すら失って到達したツミレ汁」がどうして人を魅了し得ると思えるのでしょう?「秋刀魚は目黒に限る」と言われておしまいと、どうして気付けないのでしょう?
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
「目黒の秋刀魚現象」と名付けましょう。 https://t.co/ELl4TUvix3
— 星P/京城香龍 (@sojylyshutary) 2022年6月4日
これは上手い!素晴らしい例えですね。
— 青海文庫館長 (@seikai_bunko) 2022年6月3日
この落語のテーマはまさにそれを指摘していて、この噺が出来たときに世の中では一体何が起こっていたのでしょう。
全ての創作は業が必要。業から抜けられない人がやるもの。誰もあなたにやれとは言ってないんですよ。 https://t.co/V06Jv9C6BO
知りすぎてる暴れん坊将軍「秋刀魚はなぁ、秋の一番油が乗ってる時期に品川で刺身でも食べられる奴を七輪でだなぁ…」
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月3日
見る側も見る目をいかに養うかがあるでしょうね。
— 玉耀 (@tenkogyokyoh) 2022年6月2日
見るに耐えない侮辱・差別を目的にした物がないとは言いませんが、それこそ『殻』を破るためになされた表現だってありますからね。
その辺アニメ版「ジョゼと虎と魚たち」の「踏める地雷は全部踏んでやった」感には好感を持ちました。そういうのでいいんだよ! https://t.co/N0BZG9ID0F
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
アニメ版ジョゼ虎、漫画版が「本当に人を愛した気持ちは消え去る事がない」でアンデルセン版人魚姫に意趣返ししたのに加え、代わりに海の泡となって消えていく「Bパーツ」に「健全な足を誇る」恋敵舞ちゃんへの劣等感の精算の意味を持たせた演出が凄すぎました(ついでに「トドメの一撃にもなってる)。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月3日
途中で引いてる投稿。
ジョゼ虎に流れがあるっぽいので…
— かりけら㌠ (@calycera) 2022年6月2日
『ジョゼと虎と魚たち(アニメ)』はいろんな形のピースで構成されてるんだけど、そのすべての重心を貫いてるのですげえバランスが良い。
よく「良いところがない作品をバランスがいい」ということがあるらしいですが、そういうことではなくほんとにすごいバランス感→
→で、所謂"かわいそう"がない。
— かりけら㌠ (@calycera) 2022年6月2日
実際、舞台挨拶で監督に質問したときに「気を付けて作った(意訳)」って回答でしたのでガチですw
漫画版/アニメ版だと「人魚」ジョゼ対「虎女」二ノ宮舞の「意地悪対決」に至るのがたまらなく好きですね。特に最後に紙芝居で「空から「サンダルフォンの足」の如く神々しく舞い降りてくるBパーツ」が、最後王子様と人魚姫の目の前で「本当はいらなかったもの」としてグズグズ溶けて消えてく-辺り。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
漫画版の描写は以下。
漫画家さんが「荒ぶる季節の乙女どもよ」の作画担当だったので続けて入った口ですが、あの辺りの「意地悪合戦」にどこか岡田麿里脚本のDNAを感じてしまうんですね。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
底の浅いポリコレ的配慮なんて遥かに飛び越えた次元で舞ちゃんはジョゼに「恒雄さんのアンタへの気持ちなんて全部同情ですから」と決め付けて、感極まった時点で方言を丸出しにする訳です。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
どうせなら「足担当」として「(小説版準拠で)日本人形的華奢さに揃って惚れる男ども」を「このロリコンどもめが!」と一喝して欲しかった気がします。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月2日
ジョゼ「へへへ、このマルチバースじゃ管理人はなぁ、この生まれてから一度も歩いた事がなくて土踏まずもない、子供みたいなちっちゃな足が大好きなんや」で、舞ちゃん完敗という図式?
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月3日
そんな感じで以下続報…