
世代的に「オバさん」と聞くと1992年のこれ。
今必死で読み返してるこの辺りの時代の流れに属する話…
今回の投稿の発端は以下のTweet。
最近、「我は、おばさん」という本を読んでるのですが、オバチャンは、成熟したかっこいい存在なのに「女は若ければ若い方がいい」みたいな社会通念が、おばさん/オバチャンという呼称にネガティブなニュアンスを与えていてあかんなと思っております😌 pic.twitter.com/i3NOTwH0rd
— もももん (@suG9pURFt5QY4lZ) 2022年6月19日
続)書誌情報URLがあると尚良い。https://t.co/PkQWe14eWZ
— 岡田育 / 『我は、おばさん』発売中 (@okadaic) 2022年6月20日
ここに乱入。
10年前、海外ネットでこれに近い概念に近い概念に出会いました。(小娘(Girl)の対語としての)姉様(Big Syster)。おそらくBig Brother概念の援用。母親としての洞察力どころか精神医学的知識まで動員して「小娘」の大群の「牧羊犬」をなされてた方々。自称としては第三世代フェミニスト。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
×自称としては○自認としては。「小娘」は当時流行していたラナレルデイ「ロリータ」にちなんで「ニンフェット(身体発達速度が男児を追い抜く小学校高学年から、再び追い抜かされる中学生、さらにモラトリアム期としての高校生くらいの少女)」が使われる事も。https://t.co/vr7Iv7p3U3
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
年寄りにとってはニンフェットといえばナボコフ「ロリータ」における変態の審美対象ですが、この曲から出発してるせいで視線を逆転させた「同世代男子が同じ人間に見えないほど年上男性に憧れるお年頃」みたいなニュアンスで使われてました。https://t.co/KQ8j2QZ4UE
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
でも彼女達の頼り方にも問題があって「頼られる側を殺してしまう」という側面が…https://t.co/fjQWm1EgMN
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
そしてあっけなく追い出される。
そういうのはよそんちへの巻き込みリプライではなくご自分自身のお手元でやっとってくださいメモ。 https://t.co/iYHzgVWatR
— 岡田育 / 『我は、おばさん』発売中 (@okadaic) 2022年6月20日
了解です。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
ここにさらなる追い打ち。
失礼します
— ガラフ (@YjaaJSI1hxhwkMo) 2022年6月20日
その3作は殺したのでなく庇ったり自ら死を選んだ物語で「アリー」に至っては未成年ではありませんし
岡田さんから『そういうのはよそんちへの巻き込みリプライではなくご自分自身のお手元でやっとってください』と注意され
貴方も了解ですと答えたのにリプし続けるのはいかがなものでしょう
それ順番が真逆で連投の後「よそでやってくれ」勧告に気付いて「了解しました」とレスして別投稿を準備したんです。https://t.co/0eHdy7LgUc
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
「その3作は殺したのでなく庇ったり自ら死を選んだ物語で「アリー」に至っては未成年ではありません」…これ「彼らの死は少女の未熟のせい?」なる女性側の反省が野田サトル「ゴールデンカムイ(2014年~2022年)」における「アシㇼパの成熟」と「杉本の生還」につながったというhttps://t.co/1R42D1CFxs
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
そういう考察の発端で、そこから先の投稿はこちらにぶら下げていくという話ですね。結論から言うと「レオンやローガンやジャックの死に責任を感じない女性が正しくオバさんになれるの?(そもそもこれらの物語の少女達はそうだった?)」みたいな問い掛けに展開する予定。https://t.co/Fbwr1KsJMt
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
以前同種の議論でこれらの作品について「男がこれまで女にしてきた事を思えば、この程度の犠牲など贖罪のうちにも入らない。それがわからないミソジストは一刻も早く全員自殺せよ」みたいな激烈な意見も頂戴した事があり「それだと杉本助からん」と思った思い出。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
いずれにせよその前に「我は、おばさん」を精読しようと考えているで、実際に本格的に取り組むのはしばらく後になるでしょう。https://t.co/ZB6RQ8UZ2Y
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
ここでいう「(時として相手を死にまで至らせる)年上への過剰な期待」、「同世代への過剰な絶望」と表裏一体になってる話も統合したいので…https://t.co/KJ7BPGJ9oP
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年6月20日
そもそも話には聞いてた「我は、おばさん(2021年)」未読だったので読み始める。
岡田育. 我は、おばさん (集英社文芸単行本) . 株式会社 集英社. Kindle 版.
パリ の 街中 を 一人 歩き し て い た とき に、 周囲 から 自然 と「 マダム」 と 呼ば れ て いる 自分 に 気がつい た。 当時 は まだ 三十 歳 で、 しかも 独身 だっ た けれど、「 もう マドモワゼル では ない 自分」 を 適切 に 敬わ れ た よう に 感じ、 とても 嬉しい 響き だっ た。 フランス では 近年、 年齢 不詳 の 女性 に 話しかける とき、 若く 見積もっ て マドモワゼル と 言う ほう が 失礼 だ、 という こと で、 女性 への 呼びかけ が「 マダム」 に 統一 さ れ つつ ある の だ そう だ。
米語 圏 で フランス語 の「 マダム」 に 一番 近い のは、「 サー」 の 女性 版「 マァム」 だろ う。 ただ、 こちら は ちょっと 仰々しい 感じ が あっ て、 普段 よく 聞く のは「 ミズ」 の ほう だ。 ミス も ミセス も ミズ と 呼ぶ、 判断 に 困っ たら 若く 聞こえる ほう に 寄せ て おけ、 という 取り決め は、 日本語 で いう「 お ねえさん」 の ニュアンス に 近い のでは ない か。 私 自身 も よく 使う 手 では ある けれど、 本当は、 見た目 が どんなに 小娘 でも「 マダム」 と 呼びかける よう な、 相手 が 刻ん で き た 年輪 に対して 一歩 深く 敬意 を 示す 表現 が あれ ば いい のに、 とも 思う。
日本語 の「 おばさん」 という 呼称 を、 一朝一夕 に ここ で いう「 マダム」 と 置き換える のは、 ほぼ 不可能 に 等しい だろ う という こと は、 私 も 理解 し て いる。 しかし それ に し た って、「 おばさん」 という 言葉 を 蔑称 として 使う こと により、 女性 の 中高年 期 そのもの を「 名称 を 呼ん では なら ない お 年頃」 や「 直視 し ては いけ ない 禁忌」 扱い する よう な 日本語 圏 の 風潮 は、 それ は それ で 変え て いく べき だろ う と 考え て いる。
なるほど、まずこの辺りの共通問題意識から再出発しないと、そもそも議論が成立する段階に至れない様です。とりあえずメモがてら…