ラムちゃん「女の過去なんてほじくり返すもんじゃないっちゃ」
今回の投稿の発端は以下のTweet。
ああ、なるほど。「悲しき雨音(メガネ初登場回)」を飛ばして「黄色いリボン(メガネ再登場回)」を採用し「絶体絶命」と「あなたにあげる」の順番を入れ替える事でラムちゃんのインベーダー性が強調される「70年代うる星やつら」の雰囲気払拭に全振りするのが令和版という事? https://t.co/2okaraoyVL
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月21日
ああ「悲しき雨音」が欠番になるの大人の事情もあるのか…https://t.co/xUTGfR4kZI
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月21日
「さよなら絶望先生」主題歌にも影響が…というか、こういう部分含めて「全部詐欺かもよ?」という暗喩になってたんですな。https://t.co/d1JBHdF9pu!
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月21日
この頃の題名の元ネタ?そしてもちろん「やさしい悪魔(1977年)」はキャンディーズ。https://t.co/lrboQnEeQ3
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月21日
ビューティ・ペア「かけめぐる青春(1976年)」…女子プロレスラーのテーマソング。
カスケーズ「悲しき雨音(1977年)」…「雨音で別れた女を思い出す男」の歌。
「絶体絶命(1978年)」歌手:山口百恵/作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童…歌詞内容が作品とリンクしてたんですな。
キャンディーズ「やさしい悪魔(1977年)」…作曲吉田拓郎。アン・ルイスのデザインによる大胆な衣装と併せそれまでのキャンディーズの清楚なイメージを一新。
ついでに西川峰子「あなたにあげる(1974年)」…西川峰子当時16歳…
「黄色いリボン(She Wore a Yellow Ribbon,1q949年)」のオリジナルは西部劇…
あ、これ「宇宙戦艦ヤマト」ED「真っ赤なスカーフ」の元ネタ?作詞 阿久悠 作曲編曲 宮川泰かぁ…
当時だと「幸せの黄色いリボン(1974年)」流れの可能性も。
時期的にいうと山田洋次監督映画「幸福の黄色いハンカチ(1977年)」の影響を受けた可能性も少なくない。この辺り大元はまとめてニューヨーク・ポストの名物コラムニストだったピート・ハミル(Pete Hamill)が1971年10月に執筆した「Going Home(ゴーイング・ホーム/帰省,河出文庫「ニューヨーク・スケッチブック」収録)」とも。
個人的にすごいショックだったのは
— 現代仙人 黄龍@趣味垢 (@kouryuuhay) 2022年10月21日
原作者の高橋留美子さんと押井守さんは
仲が悪かったという話でして
原作レイプしとったんか、と
脱却と言えば聞こえはいいんですが
それならアニメ版を懐かしむのも
ちょっと違うかな
メガネは押井反逆精神と弾けキャラ千葉の融合体なので出ても最終回でしょうか
ここにも押井カラーの払拭を感じる人が
— 現代仙人 黄龍@趣味垢 (@kouryuuhay) 2022年10月21日
個人的に千葉さんはゲストで出てくると思っていたが
現メガネが千葉さんに似てるようなら
出ないのかも
いやいや、もしかしたら
ある日突然本物の千葉繁と交代して
ありし日のメガネが降臨するのかも
瑠美子さん寄りの令和版では無理か https://t.co/jptRvuMIBt
「1970年代うる星やつら」色は押井守版も最初から払拭してるんですな。時代が変わったのに合わせて原作も脱却済みだったので、それはそれで正解。https://t.co/Ubjy6e6pUQ
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月21日
別にこれをそのまんまアニメでやれとは言わないけどさ。できないし。でもなんつーんすかね。ふんわか優しい善良で予定調和なだけじゃなく、どこか不穏な得体の知れないテイストを入れて欲しいんすよ。高橋留美子先生の漫画って妖怪がよく出るし初期の作風ってそれがまた合ってたから。油断ならない感じ
— タケダ1967 (@takeda1967) 2022年1月1日
ちょくちょく妖怪でてきますね、、 pic.twitter.com/mRgkcnz4Wh
— 日生 優 (@hinase_yu) 2022年1月1日
海外ではラムちゃんは、そういう「毒婦だった頃の過去」まで含めて愛されてるので、こんなmemeまで現存。「お願い、昔の私を思い出さないで!!」 pic.twitter.com/ZzlN1h49rm
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
改めて読み返しても「70年代うる星やつら」ぱないの!! そう「750ライダー」も「エコエコアザラク」もエロと暴力に溢れていた時代、ラムさんの「うちのお腹の中にはダーリンの赤ちゃんが!!」へのしのぶさんの反応も「どうやって抱いたの!!白状しなさいよ!!」だったのである。 pic.twitter.com/1BBZWnhmNq
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
そもそも古谷三敏「ダメおやじ(1970年~1983年)」において連載当初は厳然と存在した家父長制的雰囲気が希薄になるにつれ内容の変化を強制されていった様に…https://t.co/wk2tbiI3UA
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「うる星やつら」もまた連載当初は厳然と存在した「(男の都合によって)毒婦(ラム)と貞女(しのぶ)を峻別する伝統」の崩壊に合わせてその内容を変化させていった訳です。例えばkindle新装版3巻3話「さよならをいう気もない(1980年)」…この時点ではあたるが「良い子」と「悪い子」に別れ… pic.twitter.com/gwNx4Lcohq
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
二人がそれぞれ「貞女用」「毒婦用」を分け合うのが最適解だったりしたという…しかしその一方でアニメ版ED曲「心細いな」はラムが歌うイメージに仮託されましたが…https://t.co/IIPYWgRXQz
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「70年代的うる星やつら」的は「一番をしのぶが歌い、二番をあたるが歌う」くらいのバランスで成立していたのでした。「貞女」分類の筈のしのぶが「浮気者」分類の筈のあたるより目移りが激しい(しかも女なので「割り込み」でなく「上書き」)なのがギャグとして成立していたという次第。 pic.twitter.com/YDnDc5wdPh
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
この、しのぶの「アホの子を産む気はない」ってkindle新装版2巻3話「系図」で「多くの時間線でしのぶはあたると結婚してこけるを産む」確率構造を知ってると残酷過ぎるギャグで「高橋留美子は産婦人科医の娘だから間引きなんてお手のものさ」なる辛辣な皮肉まで残したという…https://t.co/MeKdc3NdSo
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
それにつけても、ラブコメ時代前夜に該当する「70年代うる星やつら」の世界「交際=婚約=結婚=出産」が完全に一塊。だからこそ「出産の為の一晩の契りしか求めない」クラマがギャグキャラとして登場し得たのだった(令和版への出演は難しい?)そして… pic.twitter.com/gTRpijupDu
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「貞女=正妻」しのぶが「2号」とか「(エイリアン美女群の中では単なる)家憑きの座敷童」と相殺されていく過程でラムちゃんもこっそり「毒婦」の看板を下ろしラブコメ調の「1980年台うる星やつら」への脱皮が静かに始まったのである。
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
今から読み返すと、かかる移行期の「うる星奴ら」は、まだまだ毒気たっぷりだし、面堂終太郎が登場してからもラムちゃんはしばらく「学園生活のアウトサイダー」の立場を継承する。「ラブコメへの移行」は一夜にしては成らずなんである… pic.twitter.com/7z8NzDhmRc
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
特にこのkindle新装版第2巻第11話「思い過ごしも恋のうち(1979年)」のエグさは吉田秋生「河より長くゆるやかに(1983年~1985年)」のコレに通じる。女性はブラム・ストーカー「ドラキュラ(1897年)」で「浮気者」ルーシーが惨死して「貞女」ミナ・ハーカーが助かる展開からして…https://t.co/Zw1QtRWSQU
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「時代遅れ」と糾弾してきたが、ジェーン・オスティンの「灰色文学」に続いて本格的にその牙城を全面崩壊に導いた急先鋒は日本の女性漫画達だったという次第。https://t.co/XD350kcC13
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
こうした「本当のフェミニズム文学論」では男性なんて単なる「消耗品」とか「労働力」に還元されてしまう恐ろしさ…でもまぁ「女性自身による女性の為の女性論」は元来、そうあるべきという側面も…https://t.co/fbOMKGjPwN
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
まぁ2010年代前半の全盛期tumbrなら、この手の話題に迂闊に男子が口を挟むと容赦無くこのGIFを並べられましたからなぁ。 pic.twitter.com/NkxYGMAjU3
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
それでも黙らないとコレ。GIF画像なので延々とループするのが本当に怖い。「別に血も流れなくてそんなに生々しくもなくて、かえって吹き出しちゃうくらいでは?」。いやいや、コレばっかりは未だに慣れなくて… pic.twitter.com/OIntfgiixg
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
ちなみに「フェミニストの手になるフェミニストの為のフェミニズム文学」と銘打たれた「シャーロット・ホームズ」三部作も最終到達点は「人間ガチョウ」ザベスさん「さぁ皆さん」、「十戒の中国人その3」インド人大富豪の娘リーナさん「楽しいランチのお時間ですわよ」、ワトソンさん「はい」…
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
テッドさん「はい」、キトリッジさん「はい」、シャーロットさん「マフラー!!マフラー!!マフラー!!(完全に我を失ってお目目ぐるぐる状態)」という有様。まさか「うる星やつら」新装版12巻11話「テンからの贈り物!!」をおぞましさ百倍増しで観れるとは…長生きはするもんだ。https://t.co/X7oPIOKW7e
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
日本では「やっぱりJフェミニストが燃やそうとした」事で有名になった「シャーロット・ホームズ」三部作ですが、全部読破した上で「表紙をこんなに可愛く描いてくれてありがとう!!(笑)」なる原作者コメントのニュアンスが全く違って見えるんですね。https://t.co/P1efIk2euJ
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「女もタフじゃなければ生き残れない。その上でなお可愛いく見えたら最高じゃない!!」みたいな。まぁ「古典部シリーズ」で「バレンタイン事件」の後日談としてサトシの妹が語る「お兄ちゃんはしばらく御免なさいしかいえない生き物として連れ回された挙句の果てに…」 pic.twitter.com/7Uxs5NPHO4
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
「…なんと「お前にはもう卒業まで一人で過ごせる放課後と休日はない」宣言をされてしまったのです」も壮絶なものがありますが、伊達に「これぞ私達が目指す「雌ライオンの集団狩猟」の完成形!!」「私達独力じゃ「ミッドサマー」くらいにしか到達出来ない!!」と誉めそやされる訳でもない模様。 pic.twitter.com/HR07mqa9rp
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
2010年代前半のtumbrで目撃して衝撃を受けたのが「アメリカには小娘側もスクールカウンセラー側もガッツリ私屋カオル「こどものじかん」を読み込んで衝突し合う壮絶な場面が存在する」というものだったんですが、本当にそういう観点で読み返すと確かに「実用書」…https://t.co/KznupzoCJO
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) 2022年10月22日
そんな感じで以下続報…