「火車」という妖怪を思い出しました。
どうして前近代、死体は猫に弄ばれる存在だったのか…
今回の投稿の発端は以下のTweet。
「死体を恐れる」という風習はかなり古い。そこでは死体を生前のその人とある種同一視していしない。死体は「捨てる」ものであり、「腐り落ちて動かなくなる」まで見守るものであり、骨になってようやく葬るくらい危険視されていた。古の葬送儀礼の殯や沖縄の風葬はこの名残だという。
— 道民の人@C100ひなび旅館本 8/13(土)東ラ-40b (@North_ern2) 2022年6月19日
古墳時代には、一度葬った後わざわざ墓を開き、骨になった死体をバラバラに壊すこともあった。死体が蘇ることを防ぐためだったという。また、近現代でも土葬の棺桶に死体を入れる際、縄でギッチギチに締め上げることがあった。あまりに縛りをきつくして背骨が折れることもあったくらいに。
— 道民の人@C100ひなび旅館本 8/13(土)東ラ-40b (@North_ern2) 2022年6月19日
なぜそこまでして死体を恐れたのか。死体が蘇ることがそんなに恐ろしかったのか。死体を縄で縛ったり壊すことは「死体に悪いものが入り込んで別の存在になって蘇ってくるのを恐れた」と解釈する研究者もいる。私はその理由がとてもとても知りたい。なので民俗の中で葬送儀礼に一番興味がある。
— 道民の人@C100ひなび旅館本 8/13(土)東ラ-40b (@North_ern2) 2022年6月19日
「昔は今より生と死の境い目が曖昧だったのかもしれない」 この領域に足を踏み入れて、そう思うようになった。答えはまだ出ず。出る話でもない。なので明日もまた野を歩く。楽しいぞ…。 pic.twitter.com/NiAkWwkaJw
— 道民の人@C100ひなび旅館本 8/13(土)東ラ-40b (@North_ern2) 2022年6月19日
そんな感じで以下続報…