諸概念の迷宮(Things got frantic)

歴史とは何か。それは「専有(occupation)=自由(liberty)」と「消費(demand)=生産(Supply)」と「実証主義(positivism)=権威主義(Authoritarianism)」「敵友主義=適応主義(Snobbism)」を巡る虚々実々の駆け引きの積み重ねではなかったか。その部分だけ抽出して並べると、一体どんな歴史観が浮かび上がってくるのか。はてさて全体像はどうなるやら。

「長い19世紀」と「短い20世紀」

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ochimusha01.hatenablog.com

ここで扱った英国歴史学者ホブズボームはマルクス主義者でもあって「歴史は革命の繰り返しで動く」という前提から歴史観を組み立てている為、ちゃんと対比させるには相応の時間軸を用意しないといけません。これまでサイトで扱ってきた出来事を並べなおすと…

 欧州王制時代末期(18世紀〜1848年)
*ホブズボーム区分の革命の時代(1789年 - 1848年)に該当

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 実は英国や日本の様にそれ以前の歴史において体制転覆の可能性が除去され「領主が領民と領土を全人格的に代表する農本主義的伝統」が商業利用の可能性を除いて完全に形骸化した国には存在しなかった歴史段階とも。ただ当時のスイスの例の様に「なまじ過去に方便によって誤魔化す事に成功した事案が後世、思わぬ形で爆発する」ケースもあるので要注意。

このサイトでは革命そのものより西欧中心部で進行した「(産業革命受容の妨げとなる)国王と教会の権威に担保された農本主義的伝統の放棄過程」に注目。その後、時代の変遷についていけない革命家が次々と自滅していく渦中において、運動家から理論家に転身したマルクスが「ブルジョワ階層と労働者の対立」に軸を推移させた新たな革命理論を発表したのが重要と考える。そしてその流れにドイツ語圏は完全に乗り遅れてしまったのだった。

産業革命展開期(1848年〜1914年)
*ホブズボーム区分の資本の時代(1848年 - 1875年)、帝国の時代(1875年 - 1914年)に該当。

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大不況 (1873年〜1896年) を間に挟み、前半は産業革命導入に伴うブルジョワ経済の発展期、後半は大衆消費社会の到来期と目される。その一方で大不況 (1873年〜1896年) から列強間における植民地獲得戦争が激化したと指摘する向きもある。最終的に総決算的に第一次世界大戦(1914年〜1928円)が勃発してしまう。

欧州低迷期(1914年〜1970年代)
*ホブズボーム区分の破局の時代(1914年 - 1945年)、黄金の時代(1945年 - 1973年)に該当。 

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欧州がベル・エポック時代の水準まで復興するのは1970年代に入ってから。戦後復興もマーシャル・プランに基づく米国資本投下の産物に過ぎなかった。そういう意味で相対的に「米国一強」が定まっていった時代でもある。

フロンティア消失期(1970年代〜2000年代)
*ホブズボーム区分の危機の時代(1973年 - 1991年)及びそれ以降に該当。

http://www.shodo.co.jp/blog/hidai2010/2010/12/30/%E3%82%BD%E9%80%A3%E6%B6%88%E6%BB%85s.jpg

ソ連崩壊(1991年12月)を契機とする共産主義経済圏崩壊のあったこの時期、資本主義経済圏もまた成長限界点に到達して苦しめられたのである。

http://www.azquotes.com/picture-quotes/quote-nations-without-a-past-are-contradictions-in-terms-what-makes-a-nation-is-the-past-what-eric-hobsbawm-13-36-33.jpg

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マルクス主義者でもあった英国歴史家エリック・ホブズボーム(Eric John Ernest Hobsbawm, 1917年〜2012年)は1789年におけるフランス革命勃発から1914年までを「長い19世紀(The Long 19th Century)」、1914年から1991年のソ連崩壊までを「短い20世紀(The Short Twentieth Century)」と呼ぶ。

①革命の時代(1789年 - 1848年)…1789年7月14日、バスティーユ牢獄の襲撃を発端とするフランス革命が起き、その影響はヨーロッパ各国へ波及した。その後、ナポレオン・ボナパルトの登場、ウィーン体制を経て、1848年革命へと到る。結果、西ヨーロッパでは国民国家が成立し、主権は国王や皇帝のものであるという観念が崩れることとなった。東ヨーロッパの国々も西に追随する形で改革を急ぐこととなる。

②資本の時代(1848年 - 1875年)フランス第二共和政の成立、またドイツ三月革命の勃発をきっかけに、ヨーロッパは再編されていく。イギリスはパクス・ブリタニカを謳歌し、ドイツとイタリアは国内を統一、ロシアはアレクサンドル2世のもと改革を進めていく。また産業革命の結果、鉄道網の建設やスエズ運河の開通などインフラが整備され、ブルジョワジー階級がヨーロッパ世界を動かすようになる。

③帝国の時代(1875年 - 1914年)ベルリン会議以降、ビスマルク体制によって平和がもたらされた。ブルジョワジー階級が推し進めた資本主義は、その膨大に蓄積された余剰資本の投下先としてアジア・アフリカの植民地を求めた。これが世界の分割を進める帝国主義となり、世界各地でのヨーロッパ列強の対立を招き、第一次世界大戦へ突入していく要因となる。

④破局の時代(1914年 - 1945年)…1914年のサラエボ事件をきっかけとしてヨーロッパを主戦場とした第一次世界大戦が勃発した。大戦は1000万人以上の犠牲者を出し1918年には終戦を迎えたが、その後も火種は残り続け、1939年にはドイツ軍のポーランド侵攻をきっかけとして枢軸国側と連合国側による第二次世界大戦の開戦に至った。戦場は全世界的規模へと拡大しておよそ2500万人の犠牲者を出し、更に1945年には枢軸国側で最後まで残っていた日本に対して人類史上初の原子力爆弾が投下され、ようやく終戦を迎えた。

⑤黄金の時代(1945年 - 1973年)…先の大戦で超大国となったアメリカ合衆国を盟主とする資本主義・自由主義陣営とソビエト連邦ソ連)を盟主とする共産主義社会主義陣営によって世界は二分され、東西冷戦時代へと突入した。この対立構造によって経済発展競争や科学技術競争、宇宙開発競争などが起き、1969年7月20日にはアメリカのアポロ11号によって人類初の月面着陸が達成された。様々な変化をもたらしたこの黄金時代は、1973年のオイルショックによって終焉を迎えた。

⑤危機の時代(1973年 - 1991年)…1973年には先進諸国で変動相場制が導入されたが、数ヵ月後には第4次中東戦争の勃発をきっかけとして原油価格の高騰などからオイルショックに陥り、これまでエネルギー源を中東の石油に依存してきた先進諸国の経済に打撃を与えた。それまで好調だった世界経済は地すべり的に停滞へと向かい、経済を含めた社会情勢などが不確実さを増したことから、当時代区分は「地すべりの時代」「不確実と危機の新しい時代」とも呼ばれる。1989年には東欧革命が起き、アメリカ・ソ連両国の首脳により半世紀近く続いた冷戦の終焉宣言も出された。またこの年に起きたベルリンの壁崩壊により、翌年には東西ドイツが再統一された。共産主義社会主義陣営の敗北によって、最終的には1991年のソ連崩壊へと結実している。「短い20世紀」の概念では、この出来事を以ってサイクルの終了と考えられている。

「長い19世紀」は啓蒙と進歩の時代であり、理性を正しく用いれば過去から現在、現在から未来へと人間は無限に進化していけると率直に信じられていた時代に該当する。当時は科学や産業が発展し、物質的にも豊かになっていったヨーロッパでは自分達こそ最も文化的に進歩した地域だという自負が生じ、近代化を遂げてない異文化の国々を「未開」や「野蛮」ととらえ、ヨーロッパが指導して発展させねばならないとする「ヨーロッパ中心主義」が植民地支配を正当化していったという訳である。

しかし人類を待ち受けていたのは無限の進歩どころか二つの世界大戦であった。その意味で第一次世界大戦の開始は進歩の時代の終わりを告げるものであり、ホブズホームは第一次世界大戦第二次世界大戦をまとめて「21世紀の31年戦争」と呼んでいる。欧米の自由主義と民主主義が深刻な危機を迎えた時代であり、第一次世界大戦中にロシア革命が起こり、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦が結成される。戦間期にはドイツでナチズム政権が生まれ、イタリア・日本もファシズム国家として自由主義陣営と対立。

 エリック・ホブズボーム「20世紀の歴史(1994年)」

世界全体としては1920年にはおそらく35ヶ国かそれ以上の立件主義的な、選挙によって選ばれた政府(ラテンアメリカの共和国をどう分類するかによって国数は変わる)が存在したが、1944年には総計64ヶ国のうち12ヶ国がかろうじて存在しているに過ぎなかった。

戦後には次第に東西冷戦の状況が形成されていったが、1991年のソ連崩壊によって共産主義社会主義陣営の敗北が明らかとなり、ホブズボームはここに「短い20世紀」の終わりを見る。アメリカの政治学者フランシス・フクヤマも「歴史の終わり(1992年)」の中で民主主義と自由経済主義の最終的勝利を高らかに宣言している。しかし実は1914年に始まった「戦争の時代」は今なお続いているのかもしれない。少なくともフランシス・フクヤマが預言した「世界中が民主主義国家となって穏やかで平和な時代の到来」は夢物語となってしまった。

 で、話はいよいよ21世紀に…